ディスタンス
いちばん愛しいはずなのに、
いちばん素直に向き合えずにいた。
★山形国際ドキュメンタリー映画祭2015 アジア千波万波部門 選出

2016年/日本/80分
(c)Heather Film MANA OKAMOTO

岡本まな
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現実とはたいていの場合、
うまい物語に なりそこなった物語。

父と母、年老いたやさしい祖母、気心の知れた兄、岡本家の長女であり妹である監督。『ディスタンス』は岡本監督が、北海道に暮らす自らの家族の姿を記録したセルフ・ドキュメンタリーだ。
彼女が幼いころに撮影された思い出のフィルムが時おり残像のように挟み込まれながら、カメラは淡々と現在を映し出す。今、かつて一家だった岡本家は、全員がばらばらに暮らしている。そこにはそれぞれの痛みがあり、憎しみがあり、別れがあり、自立があった。幼すぎた彼女は、それを現実として知ってはいても、そうならなくてはならなかった時間の積み重ねを実感として知らない。自分から一番近い場所にいたはずの人たちは、あの幸福に思えた時間との距離をどう考えているのだろう。それは彼女にとっての、一番愛しいはずなのに一番素直に向き合えずにいた人たちとの対話でもあると思えた。たいがいの家族なんて、そういうものだ。家族だから簡単に本音で語り合えるなんて、そんな教科書みたいな人生はない。
劇中、岡本監督がかつて働いていた東京・阿佐ヶ谷のバーRojiを通じての友人であるバンド、ceroの「Orphans」や、敬愛するシンガー・ソングライター、ランタンパレードの楽曲が印象的に流れる。また、モータウンの大スターだったあるシンガーの歌も映画の重要な場面を司る。ただし、そのどれもが、とってつけたテーマ曲のような傲慢さで作品をまとめてしまうものではない。どの曲にも、このかつて家族だった愛すべき人々のそれぞれの心にそっと寄り添うまなざしがあり、遠くから彼らを見守っているようにも聞こえるのだ。
現実とはたいていの場合、うまい物語になりそこなった物語だ。そして、そういうできそこないの物語からしか語ることのできない本当の想いがある。『ディスタンス』を見終わったあとも、余韻のなかでしばらくそれを強く感じていた。
(松永良平(リズム&ペンシル))


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