2017.9.9

『獣道』舞台挨拶

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9/9(土)15:40回上映後、内田英治監督、伊藤沙莉さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
「この映画は1年ほど前に山梨県で撮影しました。ヤンキー映画をずっとやりたいと思ってまして、3年かけて脚本を書きました。実はこの映画、2本の脚本を一つに纏めた映画なんです。」と内田監督。一つ目は宗教施設で育った女の子の話、二つ目が不良もののストーリーだったそう。この脚本を見た伊藤さんから、当初の感想をいただきました。「最初の頃から台本は見せていただいていたので、演技するときは自分でも分からない所で(もう一つのストーリーの愛を)意識してたりして。何かの表現で伝わっていたらな、と思います。それに、何よりもこのお話が面白いと感じました。それと同時に誰にも愛衣の役を渡したくないと思って。この映画に携わりたいと強く感じましたね。」他にも、劇中では活躍するオートバイは、実際に山梨で走っていた少年たちをスカウトしたことなど、撮影中の小咄を交えながら進みました。また、内田監督から本作を製作したきっかけをお聞きしました。「僕は海外で生まれ育ったんですが、11歳の時に大分県に戻りました。入った中学で、初めて大分県のヤンキーを見たんです。入学式に校庭でオートバイで走ってる人がいて。不思議そうに見てたら何見てるんだって言って殴られたんです。それから友達にもなったりしたんですが、彼らに興味を持って描いてみたいなと思って。青春ものでやってみたいなと思ったんです。」最後に、伊藤さんから観客の皆さんに向けてメッセージをいただきました。「こんなにたくさんの方に見てもらえるとは思っていなかったので、とても感動しました。こうやって多くの方に支えられて獣道はどんどん広がっていくと思います。ぜひ多くの感想をいただければと思います。」

2017.8.26 〜 9.1

『さよならもできない』舞台挨拶&トークショー&ミニライブ

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8/26(土)
松野泉監督、野里佳忍さん、土手理恵子さん、上野伸弥さん、長尾寿充さん、龍見良葉さん 舞台挨拶
グラタンカーニバル ミニライブ

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8/27(日)
松野泉監督、大塚まさじさん トークショー
8/27(日)
松野泉監督 ミニライブ

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8/28(月)
松野泉監督、細馬宏通さん トークショー
8/29(火)
松野泉監督、西尾孔志さん トークショー

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8/30(水)
松野泉監督、野里佳忍さん、土手理恵子さん
トークショー
8/31(木)
松野泉監督、高木駿一さん トークショー

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9/1(金)
松野泉監督、野里佳忍さん、土手理恵子さん
上野伸弥さん、日永貴子さん、長尾寿充さん、龍見良葉さん 舞台挨拶

8/26(土)より一週間限定上映『さよならも出来ない』20:45回上映後に行われましたイベントの模様です。
※詳細レポートは近日掲載予定

2017.8.27

『「知事抹殺」の真実』舞台挨拶

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8/27(日)14:15回上映後、安孫子亘監督、佐藤栄佐久さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
『「知事抹殺」の真実』の題材となった収賄事件は今から11年前の2006年に起こりました。過去の記録と貴重な証言を元に編成された本作品は、今年1月から公開され、全国で高い関心が寄せられています。安孫子亘監督の感謝の言葉から舞台挨拶は始まりました。「見ていただいた方々、こそっと感想を述べられます。“そこらへんのホラー映画より怖かった”そして、“これは全国民に見てもらうべきだ”と。その強い言葉を背に全国回って、やっと大阪に参りました。今日は本当に有り難うございます。」また、この舞台挨拶のため郡山市からお越し下さいました元福島県知事の佐藤栄佐久さんから、貴重なお話をいただきました。「私は知事として、原発に関して考えられる限りの安全性の為に、あらゆる問題提議をして参りました。しかし、知事として17、8年活動していたある日、突然収賄疑惑がかかり逮捕されました。」「私が辞めて、何年か経った後に最も恐れていたことが起こりました。それが福島県の原発事故です。どうぞこの映画を通して、実態がどういうことであったのか。そして、この事故が持つ意味がどういうことであるのかを皆さんといっしょに考えていきたいと思います。」と、観客の皆様に力強く訴えかけていらっしゃいました。

3.11以降、福島県に拠点を置いてドキュメンタリー映画を制作されている安孫子監督は、「福島県の大変な状況はまだまだ変わっていません。6万人に近い方が避難していることが、皆さんの意識の中から薄らいでいることも現実だと思います。これだけの方が避難されている異常さ、それが分からない異常さも、皆さん少しでも意識していただければ、と思います。」とお話しされていました。福島県の現状はもちろん、佐藤さんの人物像としても描いた本作品、ぜひ皆さんにご覧いただき、一人一人に裁いてほしいとのことです。

2017.8.26

『カレーライスを一から作る』トークショー

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8/26(土)11:40回上映後、前田亜紀監督、関野吉晴さんにトークショーにお越しいただきました。
本作品は、前田監督が講師である関野さんのゼミ活動を知り、お話を伺いに訪れたことがきっかけで作成されたとのこと。
まず、タイトルとなったカレーライスを材料から作る課外授業の始まりを伺いました。「この課外ゼミでは、カレーライスを作る以前にも船を作るなど、様々な内容の活動を行なっていました。コンセプトは、“全部自然から素材を取って来て自分で作る”。自然から取ることを徹底したので、道具から作りましたね。砂鉄集めて炭を作って…。それまでのゼミでは危険を伴うなどの理由で学生の方はお断りしていたのですが、その時初めて若者を誘ったんです。」と関野さん。「今までの自分の旅のルールは、自分の腕力と脚力で行くことでした。誰かに連れて行ってもらうのではなくて、昔から使っている馬や犬、ラクダで自分で行けるようになってから行ってた。それで言うと、今回(手作りカヌーの旅)カヌーを使っても良かったんですが、それでは面白くないなと思って。何か新しいルールでやろうと思った時に、一からやれば気付きがあると思ったんです。それが旅の醍醐味になったり、自分が当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないことが分かったり。目から鱗の体験が一番なんです。しかし、その気付きを自分だけではもったいないと思って、若者にも声をかけたんです。それが始まりですね。」と、課外ゼミを行うに至った思いを語っていただきました。

“来るもの拒まず”がモットーの関野ゼミ。カレー作りには、最初は200名の参加者がいたそうですが、最後には30名になったそうです。「この取組みが面白いのは、単位が一切出ないんです。」と前田監督。「1年9ヶ月かかりましたが、全部の活動に出ても別に何ももらえる訳じゃない。ただいっぱいカレーが食べられるだけ。それでも毎日通う子がいました。」

他にも、多くの制作の裏側をお話しくださいました。鶏の飼育に関しては、「あれは内緒で飼っているんです。公式手続きすると飼えなくなっちゃうから、暗黙の了解で。」。また、カレーの器となる土器制作では、「学校の広場でやったんです。たき火って申請して…たき火で器を焼きますって。撮影している最中も色んな人が来ては消化器置いていって下さいました。」と、前田監督と関野さんの掛け合いにより、終始あたたかな笑いに満ちたトークショーとなりました。

最後の質疑応答では、感想も含め多くお話をいただきました。「一番嬉しかったのは、皆さん感想が様々だったこと。中にはそう見ましたか!というものもありました。」と前田監督。カレー作りに関わった学生に関する質問では、「自分で鶏を絞めた女の子は、その後鶏が食べれなくなったんです。その理由を聞くと、スーパーで売られている鶏がどうやって育てられたのか分からないから、だと。自分で作ったからこそ気付けることってあるんだと感じました。」とお話しして下さいました。本作品を通じ、作り手も受け手も命について深く考える機会を得ることができたのではないかと感じます。

2017.8.12 & 13

『記憶の中のシベリア〜祖父の想い出、ソウルからの手紙〜』舞台挨拶

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8/12(土)、8/13(日)14:10回上映後に、久保田桂子監督をお招きして舞台挨拶を行ないました。
上映初日の8/12(土)には、『海へ 朴さんの手紙』の音楽を担当されました小池喬さんも急遽監督と一緒に舞台挨拶にお立ちいただきました。
久しぶりに本作を観た感想は?と久保田監督から尋ねられた小池さんは「10回以上見ているが、不思議といつも新鮮な気持ちで見れる。登場人物が穏やかに話していて表情がすごい豊か。懐かしいと言うか、観るたびに発見を感じる。」と話されました。
作品を作ったきっかけについては「戦争やシベリア抑留について知りたいと言うよりも、一緒に食事をする祖父が時おりシベリアでの経験を話す事があり、家族でひとりだけ違う世界、違う風景を見ているのが子どもの頃からひっかかっていて」と久保田監督。制作を進める中では「色んな方の体験を3時間も4時間も聞いているといつも頭が真っ白になって、受け止め切れないというのが正直な所です。迷ってしまって編集に時間がかかってしまった。」とも。
『海へ 朴さんへの手紙』に登場する朴さんとの出会いについては「本当に偶然で、韓国に行って7人位の人に話を聞いた、その中の一人。最初に話をした時にこの人の話が正しい、正しくない、と言うよりも、なぜこんな事を仰るんだろうという事にすごく惹かれた。」とのこと。また、朴さんは昨年他界されており、「もう映画の中でしかお会いすることができないので…。朴さんの事を色んな人に知ってもらったり、こんな風に話ができるのが本当にありがたいです。」と思いを語られました。
その後の質疑応答でも、お客様おひとりおひとりに真摯に向き合って意見を交わされていらっしゃいました。

2017.8.12

『ろくでなし』舞台挨拶

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8/12(土)20:40回上映後、奥田庸介監督、大西信満さん、渋川清彦さんに舞台挨拶にお越しいただき、「司会が得意だから」と渋川さんのご指名で、大西さんの司会によって進行されました。
都会の喧騒が印象的な本作、「渋谷でのゲリラ撮影のため本当に大変だったけれど、その分、画に映っていると思う。」と渋川さん。奥田監督も、「一般の方の目線などが入ってしまうとそこで一気に気持ちが醒めてしまう」ので、非常に気を使ったそう。
現場での大西さんの気遣いエピソードが多々挙がり、「(ヒロイン役の)遠藤祐美さんと毎晩飲みに行き、毎晩記憶がないような状態で、一度現場にも押し掛けてきた。」と渋川さんが暴露すると「映画のタイトルが『ろくでなし』ということもありますし…確信犯として、現場や皆の空気をよくするためにやってるんですよ。」と大西さんがすかさずフォロー。
“共演した女優さんがすごい賞を取る”と言われている大西さん。本作のアソシエイトプロデューサーである山本政志氏プロデュースの“シネマ☆インパクト”の受講生だった遠藤祐美さんの今回のキャスティングは「大・大・大抜擢だった。本人もすごく緊張していたけれど、大西さんの気遣いですごくリラックスしてやっていた。」との奥田監督の言葉に対して、「遠藤さんにせよ、上原(実矩)さんにせよ、この作品にかける思いは相当なものがある。それがいい形で届いたらいいな、と思って。」と大西さん。渋川さんからも「(大西さんが)全力でぶつかっているから、相手からもいいものが引き出せている。」との言葉が。
また、これまでの役どころとは違った独特な存在感を滲ませていた大和田獏さんについて、奥田監督は「大和田さんに関しては未知数だったが、存在感に惚れ込んで出演をお願いした。役に対して“演じてみたいな、と言う思いもあったから楽しかったよ”と言ってくれたし、衣装の小道具もご自身で買ってきてくれるなどして、現場でも一番楽しんでやっていた。」と話されました。
プライベートでも付き合いの深い、大西さんと渋川さんの強力タッグについて大西さんは、「同じ作品に出ている事は多いんだけれど、こんなに関わりのある作品は初めてだったので、感慨深い作品。古い付き合いの空気感、バディ感や連帯感が映っていたら嬉しい。それは狙ってやったと言うよりも自然に積み重ねたものだから。」とのこと。
奥田監督と山本政志氏の“公開喧嘩会”など、非常に難産だったと言う本作。最後に監督からは「SNSの拡散に頼って宣伝するしかないので、皆さんに応援していただければなと思っています。」と、それに続いて大西さんからは「(奥田監督は)とても不器用な男ですけれども、映画は成功しなければなかなか次の機会に恵まれることがない。また奥田監督に次の作品も撮ってもらいたいので、繋げていけるようによろしくお願いします。」
渋川さんは「結構大西が良い事言ってくれるし、俺はそういうの言えないんで…」と笑いながら、皆さんに感謝の言葉を伝えていらっしゃいました。

2017.8.12

『ウォーナーの謎のリスト』舞台挨拶

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8/12(土)11:45回上映後、金高謙二監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
短い時間の中ではありますが、2つお話したいことがあります、と挨拶が始まりました。「(作中に登場する)ウォーナーとエリセーエフはヒーローではない。戦争の中では“ヒーロー”というものは存在しない。殺し合いと破壊の中、そんな中で頑張った人たちはいるが、それは果たしてヒーローと言えるのか。戦争になってしまったらヒーローも何もないんじゃないかなと改めて感じています。」
また戦争が始まるのではないかと危ぶまれる現在の情勢についても触れつつ、ドキュメンタリー作品に対しての制作側、観客側のあり方について「本作で30人のインタビューを撮ったが、皆さんが本当に克明に覚えているのか、何かの勘違いになってしまっているのかもしれない…皆さんが考えている事をスクリーンを通じて他者に伝えるのがいかに難しい事か、それがドキュメンタリーの難しい所。この時点で作ったこの映画も、ある意味間違っている事もあるかもしれない。この映画を見てこれをひとつの題材として、自分の中で何が真実なのであるか、自分たちで考えてみてもらいたい。」とご来場のお客様に投げかけていらっしゃいました。

2017.7.29 & 30

『いぬむこいり』舞台挨拶

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7/29(土)、7/30(日)14:05回上映終了後に舞台挨拶を行いました。
7/29(土)には片嶋一貴監督、有森也実さん、宮城広プロデューサーにご登壇いただき、本作配給を担当されております太秦株式会社の小林三四郎さんに司会を務めていただきました。また、7/30(日)には片嶋監督、宮城プロデューサーお二人でじっくりとお話が展開されました。

まず、“衝撃の4時間”とうたわれた上映時間について、片嶋一貴監督からは「僕にとっては最小の時間」であると。主演の有森成実さんは「(ここまでの長編の作品は)初めてでしたが、長編であろうが短編であろうが現場は本当に大変。しかしながら、今まで経験した事のないような大変さでした。出来上がって公開されて皆様からご意見いただいてそれからどんどん楽しくなってきて…それから“よくがんばったじゃん”と思えた。」との事です。
現場はかなり過酷な状況だったようで、「撮影中に“大変なことになってるぞ、現場が崩壊するかもしれない”という噂も…」と小林三四郎さんが切り出すと、宮城広プロデューサーからは、「現場に入った時にはまだキャスティングもまだ全部済んでおらず、現場から空港までの片道85kmの道のりを何度も送迎の車の運転手を務めた」とのエピソードが。
また、ベテランの名カメラマンたむらまさきさんとの事を尋ねられた片嶋監督は「今まで年下のカメラマンとやってきたので、76歳のたむらさんにも若い人と同じ様に要求してしまい、体力との戦いだったと思うがやりきって下さった。最後には“この監督とは絶対やらない”とたむらさんは仰っていたけれど、完成した物を見たら非常に親しくなり、やっと和解できたような感じです。」
改めてこの作品との事について有森さんからは「(撮影が終わって)立ち直るのに1年半くらいかかった。女優としてもういいかなと思うくらい大変だった。公開にあたって自分がこの映画に向き合えないのが、自分にも映画にもかわいそうだなと思って、徐々にに向き合っていったけれど、自分一人の力では立ち直れなかった。映画を応援してくれた皆さんの力で立ち上がれた。それが映画と向き合ってキャラクターを演じる中で必要だったのかなと思います。」と振り返っていらっしゃいました。
本作のキーパーソンを演じられた武藤昭平さんについては、「本当に勘がいい。そのまんま自分の人生をぶつけてくるような。」と片嶋監督。有森さんは「(歌手業の方と一緒に演じるのは)嫌いです。全部もっていかれるので。」と笑いながら、「自分の表現をすることに長けている。役者は監督の要求する事、台本に書かれている事、現場での空気、全部の中で初めて生まれる事と言うのを待っていないといけない。武藤さんは嘘がないから、一緒に芝居をしていて刺激を受けました。」と話されました。

最後にご来場のお客様に向けて、片嶋監督から「もともと伝承民話から始まった、この『いぬむこいり』ですから、皆さんもぜひたくさんの人に“伝承”してください。」と話されると、宮城プロデューサーも「まずはこの作品をたくさんの人に見てもらいたい。」と続きました。有森さんからは「監督の無理難題を受け入れ、映画を作るという情熱で、皆の心意気で出来た作品です。このカオスに満ちた映画は、ここ十三で見るのにぴったりだと思います。」とアピールして下さいました。

2017.7.22 & 23

『STOP』舞台挨拶

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7/22(土)、7/23(日)12:30回上映後、舞台挨拶に行ないました。7/22(土)は中江翼さん、合アレンさん、田代大悟さん。7/23(日)は中江翼さん、合アレンさんにお越しいただきました。
まず、撮影を通しての思い出深いシーンなどをお伺いしました。田代大悟さんは「初めて海外の作品に出演し、また、監督自身が1人でカメラ、照明、音響を行うという現場も初めてで、初めて尽くしの現場だった。自分たちのそばにあるはずなんだけど、スルーしてしまっているようなテーマを、自分がどれだけ表現できるかとの思いでやらせていただいた。」と話されました。
また、たくさんのハプニングのあった現場だったとも。準備期間も短く、主演の中江翼さんに「出演の候補に挙がっている」との話がきたのが撮影開始の4日前。その話を聞いた中江さんは、今の状態ではこのヘビーな内容の責任を追うには足りないと感じ、その翌日には福島に向かい当時の福島県知事に話を伺い、現地を回ったとのこと。
キム・ギドク監督はやはりなかなか個性的な監督だったようで、濡れてしまったカメラのレンズを乾かすために電子レンジで“チン”してしまいレンズが燃えてしまったことや、小道具に何かと“辛ラーメン”が用意されており、辛い物アレルギーの中江さんは大変だった、という話も。
その監督とのコミュニケーションについては、基本的にはボディランゲージでの対話となり、通訳の方がいない時にはgoogleの翻訳機能を使われたそうです。
出演とプロデューサーを務めた、合アレンさんからはキム・ギドク監督の思いも多く語られました。「監督は事故直後にこの脚本を書いていたのだけれど、外国人の自分がこういう物を出していいのか迷った末に、3年後に制作を決めた。批判が出ることへの葛藤もあったが、「このテーマが議論に上がる事がとても大事。人間には“生きていくための忘却”と“恐ろしい忘却”がある。まだ6年しか経っていないこの事を忘れてしまう人間の恐ろしさという事について問題を提起したい。」と仰っていました。」とのこと。
最後に中江さんからは「3.11の地震は生物・地球にとって大きな事件だと思っています。100年、200年後の方がこの大きな事件をどうやって知るかというと、教科書の一部でだと思う。こういう映画を作る事によって、“当時の人はこんなに怖い思いをしていたんだ”“こんな恐ろしい事を考えて毎日生きていたんだ”と、映画を通して見る事で心で理解できると思う。こういった映画を作る事で社会に少しでも貢献したいと思って俳優として引き受けました。この作品を撮り終わって長い時間がかかってこうやって上映することができ、上映することでこの作品が完成を迎えることができた。」と観客の皆さんに力強く語られました。
キム・ギドク監督という強烈なエネルギーを軸に作られた『STOP』という作品に対して、御三方とも強い思いを抱いていることが感じられた舞台挨拶でした。

2017.7.15

『ふたりの旅路』舞台挨拶

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7/15(土)12:05回上映後、ジェイソン・グレイ プロデューサー、水野詠子プロデューサーに舞台挨拶にお越しいただきました。
観客の皆様から積極的に質問の手があがり、それにプロデューサーのお二人がお答えする形で進行されていきました。
まず、作品のストーリーの肝となる部分についての質問が。「映画はそれぞれ皆さんの解釈で百通りの解釈がある。」と前置きされた上で、両プロデューサーからの解釈が話されました。また、「作品を作る過程でマーリス・マルティンソーンス監督、桃井かおりさん、イッセー尾形さんが話し合い、いろんな段階を経て脚本が変わっていった。今回の作品は“想い出にも未来がある”というテーマでこの映画を作った。」とのことです。
撮影時期等についても質問があがりました。ラトビアでの撮影は8月から9月初旬まで5週間かけて。その後神戸で5日間の撮影が行われたとのこと。「ラトビアでの撮影は、ブロックを封鎖して深夜に行いました。撮影中のある日には雨が降ってしまったのだが、それが功を奏してラトビアの街の石畳がきれいに写ってラッキーなケースもありました。」と裏話も。この質問を投げかけたお客様はなんとラトビアのご出身とのことで、この出会いにプロデューサーのお二人も感激されていらっしゃいました。
その他、桃井かおりさんの経験から得られたエピソードを話され、それを映画の魂にこめて『ふたりの旅路』を作りたいと話されていた、というお話や、映画チラシや特報で使用されているイッセー尾形さんが書かれた絵が監督にインスピレーションを与えた、などを話してくださいました。この特報はイッセー尾形さんご自身がガラケーで撮影されて作ったとのこと。『ふたりの旅路』ホームページで見ることができますので、ぜひごらんください。
最後に本日ご来場の皆さんへ向けて。「この映画は低予算で一生懸命作ったインディーズの映画です。皆さんの応援なくては成り立たない作品なので、作品を気に入ってくださったらこれからも皆さんで広めていただいて、愛していただければと思います。」と、あたたかな笑いの絶えない舞台挨拶となりました。

2017.7.8

『マイ・リインカーネーション ─チベットの記憶─』トークショー

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7/8(土)14:30回上映後、田岡うららさん(マイリ上映委員会日本語版制作担当)にトークショーにお越しいただきました。
田岡さんいわく、本作を監督したジェニファー・フォックス監督は、ニューヨーカーという感じでありながら、素朴な雰囲気もある女性とのこと。今日は別の作品の撮影中ということで、田岡さんからチューギェル・ナムカイ・ノルブ 氏についてご紹介いただきました。
チューギェル・ナムカイ・ノルブ 氏がかけているあのいかついサングラスで、他のラマと違った印象を受けたのではないかと思うのですが…と話しはじめた田岡さん。あのサングラスは、暗闇の中で行う特殊な修行の過程で目が光に敏感になり、普段の光でもそれが必要になっているのだそうです。
氏が生まれた土地のことから、学生時代の話、夢で色々なことを予知する事ができるという特別な能力の話、その予知の力でイタリアへ移住していったという話に繋がります。
そうして、79歳になった今現在どうしているかというと、世界の情勢が不安定なそのカオスの中、真っ当なことが真っ当に通らない時代。世界の人々のために教えを続けており、さらにチベット文化の保存に力を入れ、多岐にわたった活動をしている、とのこと。その活動のひとつとして、氏が1988年に創設されたチベット難民を支援するNPOの活動についての紹介もされていらっしゃいました。
最後に、「ストーリーだけでなくて、作品としてよくできていると思い、日本の皆さんに常々紹介したいと思っていたが、今回の機会を得て念願が叶いました。自分の外側だけでなく、自分の心や内側を見るきっかけになれば。」と締めくくられました。

2017.7.1

『なりゆきな魂、』舞台挨拶

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7/1(土)20:40回上映後、瀬々敬久監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
つげ忠男さんの『成り行き』と『つげ忠男のシュールレアリズム』の漫画を映画化した本作は、渋谷の24時間居酒屋で企画が決定した、というエピソードに始まり、劇中のある部分は数年前のワークショップで撮影し、お蔵入りとなりかけた映像が使用されていること、出演されている足立正生さん(共演の山田真歩さん曰く“沼の妖精”とのこと)の役には実は“あの大物俳優”が起用されるかもしれなかった…などの裏話を瀬々監督のユーモアあふれる話し口でお話しいただき、終止笑いの耐えない舞台挨拶となりました。
最後には、絶賛編集中の最新作『菊とギロチン』の完成資金のカンパ募集の呼びかけでちゃっかりと締められていらっしゃいました。

2017.7.1

『動いている庭』トークショー

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7/1(土)18:40回上映後、澤崎賢一監督、本作に出演されているエマニュエル・マレスさん(奈良文化財研究所客員研究員)、山内朋樹さん(京都教育大学美術科講師)にトークショーにお越しいただきました。
本作の事の起こりは、6年前に書籍「動いている庭」翻訳のために、エマニュエル・マレスさんと山内朋樹さんがジル・クレマンさんの自宅の庭を訪れたことから始まったとのこと。その後、講演のために来日したクレマンさんの活動を記録に残そうということで澤崎賢一監督が撮影として参加し、その際に澤崎監督が「ジル・クレマンさんの言動や仕種、人間性とか色んなものを含めて彼の庭に行きたいと思って、そこを訪れた。」という映像が本作で使われているとのこと。
「“できるだけあわせて、なるべく逆らわない”というクレマンさんの考え方は、この映画にも自分の立ち場にも重ね合わせて、色んなポジティブなかたちで飛躍させることができる。」と澤崎監督は話し、この映画は「まるでクレマンさんの庭のように、少しずつ少しずつ変化していった企画」とエマニュエル・マレスさんも作品を振り返っていらっしゃいました。
最後に、山内朋樹さんから「まったく違う視点でこれから帰り道だとか、植物を見たりだとか、都市の中にある空き地とかを観察してみてください。まったく違った意味で庭とか風景とか植物とかが感じられると思います。」とお客様に投げかけていらっしゃいました。

2017.6.17 〜 6.23

『世界でいちばん美しい村』トークショー&ミニライブ

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6/17(土)13:55回上映後、石川梵監督、Jun Amantoさん(舞踏家)、はなおとさん(主題歌)にトークショー&ミニライブにお越しいただきました。
Jun Amantoさんは石川梵監督とネパール震災の支援活動をして来たという事で何度もネパールのラプラック村に何度も足を運んだという事です。虫歯が抜けた後に建物の屋根に向かって抜けた歯を投げる習慣や数の数え方など非常に日本の風習に近いのに驚かされたそうです。石川梵監督は写真家として通常の映像作家のように極力説明的な表現を避けたのでリピーターの人が多いとのことです。最後にはなおとさんに映画では英語バージョンですが本来の日本語で主題歌を歌っていただきました。

16:40回上映後には、はなおとさんにはミニライブを行っていただきました。
岩手の方言の「んだなはん」(=そうだよね)というタイトルの主題歌とネパールのラプラック村に石川梵監督と行った時に現地の子どもたちに教えて貰った「レッサンフィリリ」の2曲歌っていただきました。お二人は昨年の10月に石川梵監督と映画の上映とライブのためにラプラック村に行った時のエピソードを語られていました。



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6/18(日)13:55回上映後、石川梵監督、関野吉晴さん(探検家)、はなおとさんにトークショー&ミニライブにお越しいただきました。
関野吉晴さんは映画が気に入りサポーターとなり色々と協力されており何度も映画をご覧になったという事です。ポスターの夜空のラプラック村のデザインが「世界でいちばん美しい村」というより「世界でいちばん美しい風景の村」と見る前に感じていたが映画を見て行くと風景が美しい村は世界にはたくさんあるけれどラプラック村に住む村人たちの心が美しいという事に気づき感動したとの事です。関野さんの経験では狩猟生活の村は150人を超えるとコミュニティの中で色々な諍いが起き、農耕生活の村では600人を超えると経験的に思っているとの事でラプラック村の4,000人という数ではそうした事はない
かという問いに石川梵監督は「全くなかったですね。宗教の教えの中で4,000人が結ばれている感じです」と答えられました。最後に昨日に引き続きはなおとさんに主題歌を歌っていただきました。
16:40回上映後、昨日同様に、はなおとさんにはミニライブを行っていただきました。



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6/19(月)13:55回上映後、石川梵監督、佐伯剛さん(「風の旅人」編集長)、はなおとさんにトークショー&ミニライブにお越しいただきました。
現在、休刊中ですが50号まで年6回発行していた「風の旅人」という雑誌に石川梵監督は、インドネシアのクジラ漁などの写真を掲載していただいてという間柄です。佐伯剛さんの映画を見て感じられた事はネパール震災後の震災を受けた村の映画という事で、何か可哀そう、支援しなくてはという有りがちなイメージを持って作品を見たけれど、それは間違いでネパールの高地のラプラック村に生きる村人たちを生き生きとある時は高所から(空撮)、ある時は人々の日々の雑然とした暮らしの中に溶け込んで撮られた今までになかったドキュメンタリーだと思ったとの事。人口4,000人の内、子どもたちが600人という村の生き生きした生活を見ていると現在の日本の方がよほど生きづらい国なのでないかと思うし、昔の日本人の生活で失われたものがそこにあるように感じたとの事でした。石川梵監督も低予算映画であるけれど、その代わり少ないクルーでの撮影により1年間という長期の撮影が可能になった事で、ドラマのような出来事に出合う事が出来たと語られていました。まさに神に導かれた感じで、あの村には神がいると信じさせてくれるものがあるとも。
トーク後には、はなおとさんに主題歌を大阪でのラストライブで歌っていただきました。



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6/20(火)13:55回上映後、石川梵監督、榛葉健さん(映画監督)にトークショーにお越しいただきました。
榛葉健さんは、毎日放送のディレクターとしてアルピニストの野口健さんのエベレスト登頂を追ったドキュメンタリー「幻想チョモランマ」や東北大震災後を追ったドキュメンタリーシリーズ「うたごごろ」を撮られた方で本作の最初の段階の上映会で作品を見た後にドキュメンタリー監督として編集に関して石川梵監督と丁々発止のやり取りをメールでのやりながら、石川梵監督が譲らなかった点もあるし、榛葉健さんのアドバイスにより違った視点で編集出来たりとかで現在のバージョンが出来上がったという事です。映画監督としては石川梵監督は初めてなので作品は800回見て、ジャーナリスト講座として教えている大学の学生にも多くの人の意見を聞きながらの完成という事です。今回、初めて完成したバージョンを榛葉健さんは見てあの村、そして山には神がいるという事が説明過多になることなく見事に表現されていて感動したとの事でした。



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6/21(水)13:55回上映後、石川梵監督、原一男さん(映画監督)にトークショーにお越しいただきました。
原一男監督はドキュメンタリーの監督として次々と石川梵監督に質問を投げ掛ける形でトークショーが進行しました。「ラプラック村での食生活の主食の米はどのように手に入れるのか、貨幣はあるのか、店に貨幣を使うようなお店はあるのか、テレビはあるのか、震災の映像が出て来るのは土地の人が携帯で撮影したとの事だが携帯は普及しているのか、電気は通っているのかetc」と様々な映画には出て来ない点を質問されたのはテレビなどのドキュメンタリーではそういった点を必ず撮影して観客に分かりやすく誘導するようのだがその点では分かりにくい所がある。だから映画として良くないという事ではなくそういった説明的なものは撮らないという主義で撮られたのかという疑問です。石川梵監督としては、あるがままのラプラックの人々を撮るという事は心掛けて決して演出はしないでおこうと思っていたとの事です。それと原一男監督は、石川梵監督が職業として撮られているフォトとムーヴィーとの大きな違いはフォトはその一瞬を切り取り、ムーヴィーは時の流れを導入出来る事である。それでドキュメンタリー監督として原一男監督が常に心がけているのはその時の流れをいかに取り入れてドラマチックにするかであるが本作にはそれがないというのも石川梵監督としては意識してやられたのかという事を質問されました。石川梵監督は、やはりあえてドラマチックに撮るのではなく、何の演出もなくあるがままのラプラック村と村人を撮りたかったと答えておられました。



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6/22(木)13:55回上映後、石川梵監督、内田裕士さん(美塾代表)にトークショーにお越しいただきました。
内田さんは、美塾というメイクアップアーチストの学校の代表をされており、今回の作品の製作のクラウドファンディングにも出資されているという事です。本作を見ての感想は「映画的にどうかこうかというより記録として残していただけた事に感謝している」。それで是非自分もラプラック村に直接訪問してハニーハンターを実際やってみたいと仰ってました。美塾の講義で250人の生徒から義援金を募ったら20万が集まって寄付をした。一人換算だと1,000円という出せない額で日本とネパールの経済格差でほんのわずかな金額でもネパールでは多くの人を救う事になる事出来るとの事。それで石川梵監督より映画タイトルにもある美しさというのはどんなものでしょうかの問いに、メイクアップアーティストとして教える時に大切にしている事はすべての人には必ず内面の美しさを持っているのでそれを引き出せるか引き出せないかであると。それを受けて石川梵監督はラプラック村の人たちが全員美しく見えるのは祈りという儀式によって結びついているからであると思うと答えておられました。



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6/23(金)13:55回上映後、石川梵監督、上野朝義さん(能楽師)にトークショーにお越しいただきました。
上野朝義さんは、初日でトークゲストにお越しいただいたJun Amantoさん(舞踏家)のお知り合いでネパール震災への募金にもご協力いただいている関係でゲストに来られました。映画を見ての感想は、やはり能楽師という事で映画の中に出てて来る様々な手を追いかけて見たとの事です。能も面を被って演じるという事もあり手の動きがとても大切で映画の中の手が様々な表情を見せていた事が素晴らしかったという事です。それと能という芸能とネパールに深い繋がりを感じたとの事です。能の面に使用する髪の毛はネパールの人が家畜として飼っているヤクの毛だったり、見本としてお持ちになった能面の表情がとてもネパールの人々の豊かな表情に繋がっているようであると。そして神が天上にいるという概念は能に繋がりを感じさせるとも仰ってました。石川梵監督も虫歯が抜けたら良い歯が生えてくるように屋根に投げたり、数の数え方などとても日本の習慣に似ているし、既に今の日本では失われた人間の美しさをネパールの人に感じたという事です。

2017.6.17

『SHIDAMYOJIN』舞台挨拶

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6/17(土)21:00回上映後、遠藤ミチロウ監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
前作の映画『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』は、日本各地と福島を撮った2011年から1年間のロードムーヴィーだったけれど、多くのお客様からその後の福島はどうなっているのかを知りたいと聞かれて今作を完成させることになったとの事。
若い頃は日本の伝統的な歌謡曲や民謡からは遠く離れてパンクロックをやっていたけれど、東北大震災そして故郷の福島原発事故を経験して自分はミュージシャンとして何が出来るのかと問い掛けた時に老若男女の誰でも喜んでくれる盆踊りという民謡で何かをしようと考えたのが民謡パンクバンド“羊歯明神”だったとの事です。

2017.6.10

『退屈な日々にさようならを』舞台挨拶

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6/10(土)20:00回上映後、主演お二人の内堀太郎さん、矢作優さんに舞台挨拶にお越しいただきました。急遽、プロデューサーの市橋浩治さんにもご登壇いただきました。
市橋プロデューサーの方から本作が製作された経緯をお話しいただきました。当館でも上映した同じく今泉力哉監督の映画『サッドティー』と同様にENBUゼミナールのワークショップの生徒たちと映画を作るという企画の第2弾に当たるという事です。本作は東京と今泉監督の故郷の福島の二つの土地を結ぶ物語で震災を福島ではなく東京で受けた監督がその衝撃の答えを込めた作品で従来の作品より監督自身が反映された作品という事です。主演の内堀さん、矢作さんは舞台などでも活躍されている役者の方で、単なるワークショップ生ではないですが内堀さんはワークショップ自体がオーデションだと思いながら取り組んだとの事です。内堀さんは今泉監督の作品には是非出演したいと思っていたので同じくオーディションのつもりでワークショップを受けられたとの事です。

2017.6.3 & 4

『VILLAGE ON THE VILLAGE』ミニライブ&トークショー

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6/3(土)16:20回上映後、黒川幸則監督、田中淳一郎さん、佐伯美波さん、小川梨乃さん、江崎將史さん(音楽家)にミニライブ&トークショーにお越しいただきました。
黒川監督を筆頭にキャストの田中さん、佐伯さん、小川さんに大阪のお客様にまずはご挨拶をいただきました。その後、黒川監督が今までピンク映画の監督としてやって来て今回、自主製作で映画を撮った経緯や作品に込めた想いなどを語っていただきました。そのバックではゲストの江崎さんがボウルや瓶などに鉄の玉を転がしたりトランペットの音をかすかに鳴らしたりの自由な自然の環境音ような演奏が奏でられました。そして映画に登場するように田中さんがギターを演奏し、佐伯さんが歌を歌いだす中、黒川監督の映画についての話が続けられるという作品同様な自由なトークライブ空間が行われました。

6/4(日)16:20回上映後、黒川幸則監督、田中淳一郎さん、佐伯美波さん、山形育弘さん(脚本)にトークショーにお越しいただきました。
司会は本作のプロデューサーであり監督の奥さまでもある黒川由美子さんに務めていただきました。まずは初めに昨日に引き続き大阪での挨拶に来た佐伯さんが本作に出た切っ掛けは吉祥寺バウスシアターの爆音上映のお手伝いをしていた時に黒川由美子さんと知り合いになり映画初出演されたそうです。その後、数多くの映画作品にも出演されるようになったとの事。田中さんのお話では昨日の神戸の舞台挨拶後、神戸に宿泊して本日は別行動で佐伯さんを一人で新世界に行かせて申し訳なかったとお話しして会場の笑いを誘っていました。脚本の山形育弘さんはコアーズベルズのバンドの活躍するミュージシャンで今回監督と共同で書き上げたとの事。二人の物語を作るテーマとしては不幸な物語のブームの時代にラブコメを作ろうというのが合言葉だったそうです。山形さんが音楽ステージで即興の芝居も取り入れているのだが登場人物をあやつり人形のように書き上げたそうです。監督がそれをうまく物語としての着地点に持って行けたか心配で当初はお蔵入りかなと考えていたそうです。映画を作る時に参考にした映画はスタンリー・ドーネン監督のミュージカル『プリガドーン』とハワード・ホークス監督の『ハタリ』であると種明かしもしていただきました。そして田中さんの生ギター演奏で佐伯さんに1曲歌っていただきました。

2017.5.20

『こんぷれっくす×コンプレックス』(併映『マシュマロ×ぺいん』『許されたがーるズ』)
舞台挨拶

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5/20(土)20:55の回上映後、ふくだみゆき監督、上田慎一郎プロデューサー 、富永茜さん(『マシュマロ×ぺいん』出演)に舞台挨拶にお越しいただきました。
ふくだみゆき監督と上田慎一郎プロデューサーはご夫婦でずっと二人三脚でやって来たとの事。監督の作品は上田さんがプロデューサーをし、監督でもある彼の作品ではふくださんは制作スタッフとして参加されるとの事です。ふくだ監督は金沢の大学でデザイン学科に行っていて映画を撮りたいと思い立ったけれど、周りにそうした映像系の仲間がいなかったため、一人でも出来るデザインを勉強していた中で短編のアニメを数多く作って来たとの事です。大阪出身の富永茜さんの主演の『マシュマロ×ぺいん』が初の実写作品で70人にも及ぶオーディションで冨永さんは選ばれたとの事です。彼女自身も大阪で舞台には立っていたけれど映画は初めてで、最初は演技するのに戸惑いがあったとの事です。舞台はその瞬間の1回きりのものだけれど、映画は3年前の作品がこうして出身の大阪で上映されて感慨深いと話されました。
上田さんによると今回の『こんぷれっくす×コンプレックス』の腋毛のように、ふくだ監督は人間の様々パーツのフェチがテーマにあるとの事です。

2017.5.6 & 7

「チベット映画傑作選」トークショー

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5/6(土)12:00回、『陽に灼けた道』、5/7(日)12:00回『チベット牧畜民の一日』上映後に、星泉さん(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)と作品配給会社のムヴィオラ代表の武井みゆきさんをお招きしてトークショーを行いました。

『陽に灼けた道』は現在公開中の『草原の河』のソンタルジャ監督の処女作で、実話を元にした作品であるとの事です。チベットの人の名前には苗字がなく、ソン(=危機)、タル(=出る)、ジャ(=勝つ)という意味の言葉の組み合わせが監督の名前との事です。
今回の「チベット映画傑作選」の『静かなるマニ石』、『ティメー・クンデンを探して』、『草原』のペマ・ツェテン監督が、ソンタルジャ監督の師匠筋に当り、絵画を制作した彼を映画制作に引き込んだそうです。ぺマ・ツェテン監督自身は文学を志していて映画の世界に飛び込んだとの事で彼らがチベット人自身を映画を撮り出したチベット第1世代に当たるとの事です。二人が意気投合したのが1995年に『フォレスト・ガンプ』の話で盛り上がったのが出会いという事です。

星泉さんの東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所が、チベットの牧畜民の生活を書籍による文字として残すだけでなく後世に伝える映像として残すために、チベットの若手のカシャムジャ監督(『英雄の谷』)に監督して貰った作品でドキュメンタリー作品というより民族学の記録映像に近い作品だが、あと十年もしたら失われてしまうチベット牧畜民の生活を捉えた作品という事です。
『草原の河』のソンタルジャ監督は現在、北京に住んでいるけれど、故郷を思い出すのはヤク
の糞の匂いという事で、チベット語はヤクの糞を表現する言葉が多様にあるとの事です。

2017.4.22 & 23

『まんが島』舞台挨拶

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4/22(土)、4/23(日)19:25回上映後、守屋文雄監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
舞台挨拶前に東京に先駆けて香港国際映画祭に招待作品として招かれた時の映像を3分に纏めたものを流しました。香港国際映画祭での反応は、現在、東京でも上映されていて日本のお客様と違っていましたかという質問に対して、「反応はほとんど変わりませんね。パワーがあるけれど何か良く分からないとか…」。死んだ人間が生き返ったりとかストーリーを追って行くと混乱する所があるけれども長年、ストーリーのあるシナリオを書いて来たので自分の初の長編映画は、ストーリーというよりも映像そのもののパワーで押し切ってみたかったそうです。
舞台挨拶後には全キャストのサイン入りのポスターを連日1名様ずつに監督とのジャンケン対決に勝った方にプレゼントいたしました。

2017.4.8

『標的の島 風(かじ)かたか』トークショー&舞台挨拶

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4/8(土)10:00回上映後、12:30回上映後、三上智恵監督にトークショー&舞台挨拶にお越しいただきました。各回が満席立ち見の状態でのスタートとなりました。1回目のトークショーはシアターセブンのイベントホールが立ち見も含めて立錐の余地のないお客様の中で行われました。
監督の第1作の『標的の村』は、高性能戦闘ヘリコプターであるオスプレイ配備のための沖縄の高江のヘリパッド基地建設反対闘争を扱ったドキュメンタリーで、当時監督が所属していた琉球朝日放送制作の1時間バージョーンを劇場公開用に編集したバージョンでした。地方局のコンテンツが全国放送で放送される事はなく、日本全国の人々に沖縄の基地問題の現状を伝えるためには劇場での公開しかないと思い、社内での軋轢とも戦いながら全国
で上映出来た作品でした。しかしながらテレビ局制作のためDVD化される事もなく、今年の8月で自主上映も出来なくなる可能性もあるとの事です。
そして、『標的の村』の全国での上映会などに監督自身が立ち会う中で多くの人々に「次回作を是非製作して欲しい」とカンパ金をいただき、小学生の子が500円をカンパしてくれるなどに後押しされて自主製作に近い形で完成させたのが辺野古基地建設反対闘争のドキュメンタリー『戦場ぬ止み』だったとの事。
そして、日米政府が強力に推し進めている宮古島、石垣島も含めた“エアシーバトル戦略構想”による日本の戦場化に警鐘を鳴らすた突き進もうとしているのを日本全国の人々に警鐘を鳴らすために本作を完成させたとの事です。カメラで撮り貯めて来た映像素材を最初、編集したバージョンは10時間あり、プロデューサーから劇場公開用に更に編集を迫られながらも次に編集したバージョンが6時間もあったとの事。現在の2時間のバージョンにまで縮めるために泣く泣く数多くの素材を切り落としたのだけれど島の人たちの4つの祭りのシーンはプロデューサーに2つで良いのではと言われても切り落とさなかったのは、反対闘争という暗いシーンの連続の中での骨休み的な意味合いというよりも祭りを行う島々の人々の明るさやエネルギーがこうした先の見えない闘争に対する光ではないかと思い切り落とさなかったとの事です。

2017.4.1〜3

『イノセント15』舞台挨拶

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4/1(土)〜4/3(月)18:10回上映後、甲斐博和監督、クドウフミアキさん(アソシエイトプロデューサー)に舞台挨拶にお越しいただきました。本作はタイトルにあるように15歳の視点で大人たちを撮るという形で描いており、主人公2人の周りの大人に関してはあまり深くは描き込まなかったとの事。そして本作が生まれる切っ掛けになったのも甲斐監督が虐待から逃れて来る児童たちを匿う子どもシェルターで働いている経験から発想されたものとの事です。ヒロインの小川紗良さんはオーディションで選んだ方で、演技は初めてに近いながら撮影中に1度もセリフを間違う事がなかったとの事です。作品は順撮りで撮影しているので彼女の成長を捉える形にもなっているとの事です。

2017.4.1

『うつろいの標本箱』舞台挨拶

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4/1(土)16:05回上映後、鶴岡慧子監督、橋本致里さん、illyさん、岡明子さん、今村雪乃さん、赤染萌さん、佐藤開さんに舞台挨拶にお越しいただきました。東京、鶴岡監督の長野、公開された三重県、そして今回の大阪と旅回り一座のように鶴岡監督、キャストの皆で舞台挨拶しているぐらい仲の良いメンバーとの事。今回も佐藤開さんが淀川生まれ、illyさんが関西生まれと大阪関係のキャストメンバーが多い大阪で上映出来て、舞台挨拶に来れて、皆感慨無量との事でした。

2017.1.14 & 3.29

『人生フルーツ』舞台挨拶&トークショー

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1/14(土)公開初日、10:00回上映後は舞台挨拶、12:20回上映後は会場をシアターセブンイベントホールに移して伏原健之監督、阿武野勝彦プロデューサーをお招きしてトークショーを行いました。夜から全国的に雪模様になるかという寒さ厳しい天候の中、1回目は満席立ち見、2回目は満席立ち見完売で何人かのお客様にお帰りいただくほど盛況でした。今回、ご来場されたお客様に阿武野プロデューサーが本作で10作目になる東海テレビドキュメンタリーの過去の9作品をご覧になられましたかと聞かれましたが、ほとんどのお客様は見たと挙手されませんでした。初めてのお客様ばかりで当館で大ヒットした『ヤクザと憲法』を見た人もいない感じで全く客層が違う女性主体でした。伏原監督のお話しでは本作の建築家の津端修一さんは名古屋では誰もが知る著名人ではないのだが新聞記事でその存在を知り、報道部にいて高齢者に取って暗いニュースばかりを追いかけている中で、それだけではない明るい未来を感じさせてくれるご夫婦を撮影しようと思ったとの事。それもスローライフを送るご夫婦が山奥や田舎ではなく日本3大ニュータウンである愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンである事も魅力的であったとの事です(他は多摩ニュータウン、千里ニュータウン)。そしてお客様からのご夫婦に撮影で触れられて何か変わりましたかの質問にも「自分は独身で子供もなく、ほぼ外食、それもコンビニ弁当ばかりです」と答えられており、何か片意地を張ってスローライフを主張する感じでなく自然体でうまい距離感を取っての作品が漂うユーモアとウェットにならない感じになったのではないでしょうか。



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3/29(水)16:15回上映後、 伏原健之監督、横山豊子さん(自然食通信社代表)にトークショーにお越しいただきました。横山豊子さんが自然食通信社から津端修一さん御夫婦の聞き書きの本を出版する事になったのは2011年にあるライターの方が雑誌でご夫婦の記事をみかけ、是非取材したいという事で横山さんに話を持ち込まれたそうです。伏原監督が映画を撮る切っ掛けになったのもある新聞記事で知ったという事で愛知県で津端修一さん御夫婦は特に有名という事ではなかったそうです。本の取材や映画の撮影ではいつもスタッフ全員分のお食事をご用意されて歓待していただいたそうで英子さんはとてもお喋りでさりげない会話の中にキラッと光る言葉を後になって気付くと横山さんも伏原監督も仰ってました。

2017.3.20

『走れ、絶望に追いつかれない速さで』舞台挨拶

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3/20(月・祝)18:30回上映前に、中川龍太郎監督、太賀さん、小林竜樹さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
本作を撮る切っ掛けは中川龍太郎監督が大学時代の親友が実際に自殺してしまった事実を年齢を重ねて客観的に描くのではなく、親友の死から2年と時間を置かずに撮る事でその曖昧で生々しい形で残しておきたかったとの事。映画では監督の分身である主人公を演じた太賀さんは、大きな感情の揺れがない監督と死んだ親友の関係性を演じるのはかなり難しかったとの事でした。小林竜樹さんも親友が死んだ原因は誰にも分からないので残された遺書や監督からの話で役作りをされたとの事です。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』は、ある時、悩んでいる監督に向かって電話口で親友が呟いた言葉だという事です。
今後も3人でまた一緒に作品を撮りたいと話し合える友人関係を大切にしているとの事です。

2017.3.18 & 25 & 26

『新地町の漁師たち』舞台挨拶

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3/18(土)14:00回上映前、山田徹監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
2011年〜2014年の3年間かけての新地町の漁師の人たちの被災後を追いかけた映画であるけれど震災映画として見るのではなく、これからの生き方の映画として見て欲しいとの事でした。すぐに札幌での自主上映会に向かわなくてならないので来週の25日(土)、26日(日)には上映後に来てお客様と是非お話ししたいのでまたお連れの方を連れてまた来て下さいとお話しされました。



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3/25(土)、3/26(日)10:00回上映後にも、山田徹監督に舞台挨拶にお越しいただきました。本作を撮るために新地町で自転車で辿り着いて、漁師さんに「どこから来たの?」と訊かれ、「東京から自転車で来ました」と答えると「東京から自転車で?」というオープニングのやり取りの時は、新地町の漁師の人たちに取っては監督は単なる異物でしかなかったけれどエンディングの祭りの神輿を海の中で担ぐシーンでは仲間の一人として迎えられていたと感じたとの事。記録者として何を撮るかは撮影当初は悩んだけれど、モニタリング調査や瓦礫撤去で船を出して作業して漁師の人々の顔は憂鬱な感じが、試験操業の際には生き生きとしているのを目の当たりにして、この人たちはとにかく漁師の本分の漁をしたいんだと確信した時に映画になると思ったそうです。

2017.3.11

『月光』トークショー

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3/11(土)18:10回上映後、 小澤雅人監督にトークショーにお越しいただきました。前作『風切羽〜かざきりば〜』では、児童虐待の問題を描いたけれど、その際に色々な施設や団体を取材した中で多くの幼児の性的虐待の事例に接する機会があり、性的暴行を受けた女性からその過去を打ち明けられたりして多くの問題がある事に気づき、映画という表現手段で世の中に訴えて行こうと考えて本作を完成させたという事でした。性的暴行の訴えが親告罪ではなく第三者による訴えでも構わなく、厳罰化の方向に法制化が進みだした事は良い面もあるし、悪い面もあるとも言われてました。やはり性的暴行は「魂の殺人」と言われるように肉体的な痛みは時が癒してくれるかもしれないが精神的な心の痛みは世間の冷たい視線などもあり、簡単には治らないという厳しい現実があり、社会全体を変えて受け入れる社会をつくらなくてならないとも訴えておられました。

2017.3.11

『息の跡 trace of breath』トークショー

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3/11(土)14:15回上映後、小森はるか監督、秦岳志プロデューサー、細馬宏通さん(人間行動学者)にトークショーにお越しいただきました。小森はるか監督は、共同で映像制作をしている画家で作家の瀬尾夏美さんと3.11を東北大震災を東京藝術大学の大学院生として経験したのだが社会人として、映像作家としてという将来が何も見えない中、大きなショックを受けたそうです。そこで瀬尾夏美さんとボランティアで陸前高田に移り住み、佐藤さんを3年間追い続けた作品との事です。その作品を山形国際ドキュメンタリー映画祭で見たプロデューサー兼編集の秦岳志さんが劇場公開をするために監督と一緒に再編集を行ったとの事です。細馬宏通さんは小森監督の大学院生の時に被災地の人々の聞き取りの文章を読み、その優れた聞き取りに感動されて今回もパンフレットにも寄稿されたとの事です。細馬先生は、この作品をセロハンテープなどの細部に命が宿り、佐藤さんの発する言葉の調子が心地よく素晴らしいと絶賛されておりました。

2017.3.4

『劇場版 BiS 誕生の詩』『WHO KiLLED IDOL? ─SiS 消滅の詩─』
舞台挨拶

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3/4(土)『劇場版 BiS 誕生の詩』14:30回上映後、プー・ルイさん、岩淵弘樹さん、カンパニー松尾監督に、同じく『WHO KiLLED IDOL?─SiS 消滅の詩─』17:10回上映後に、ユイ・ガ・ドクソンさん、テラシマユウカさん、エリザベス宮地監督に舞台挨拶にお越しいただきました。
この2作品は、現在「名京阪神の劇場限定 BiS/SiSキャノンボール」開催中です。名古屋のシネマスコーレ、大阪の当館、京都の立誠シネマ、神戸の元町映画館での動員数が多い方が勝者となり、勝った方のグループ(SiSはGANG PARADEが該当)は、新譜リリース日にスペースシャワーTVプラスを1日JACKする事が出来るというキャノンボールです。
両者共に一人でも多くのお客さんが来ていただけるように舞台挨拶では何度でも見に来て下さいと煽っていました。プー・ルイさんは来場者に動員作戦を煽っておられました。果たして勝者は?

2017.2.18

『ママ、ごはんまだ?』舞台挨拶

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2/18(土)11:55回上映前に、白羽弥仁監督、木南晴夏さんに舞台挨拶にお越しいただきました。満席立ち見の盛況な中でスタートしました。司会進行は、本作のプロデューサーの高瀬博行さんに進めていただきました。白羽監督が本作を撮る切っ掛けは、台湾という国に親近感と興味を持っていたので原作の一青妙さんの原作と出会って自ら脚本も書き、映画化したいと思ったとの事です。木南晴夏さんは、一青妙さんという実在の人物を演じるのは、撮影現場にもご本人がよく見学に来られて緊張されたという事です。現場に子ども時代を演じる子役の子もいて3人の一青妙さんがいるという状況だったとの事です。今回、お姉さんへの愛情に溢れた一青窈さんの主題歌に関しては東京の舞台挨拶でご本人が来られて歌われた時には木南晴夏さんは思わず号泣されたとのことです。

2017.2.18

『太陽を掴め』舞台挨拶

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2/18(土)20:50回上映後、中村祐太郎監督、森優作さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
森優作さんは、現在出られているNHK朝の連続テレビドラマ「べっぴんさん」と真逆の本作のキャラクターは演じていて楽しく、中村監督の現場での演出は擬態語多様の面白い演出だったとの事。中村監督は今までの作品は撮影も自分で行って来たが本作は演出に専念したとの事です。

2017.2.11 〜 17

『風は生きよという』舞台挨拶

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2/11(土・祝)、2/12(日)の13:40回上映後に、宍戸大裕監督、出演の海老原宏美さん、新居優太郎さんとご家族に舞台挨拶にお越ししただきました。初日は新居優太郎さんのご両親が来られてましたが、2日目はお仕事の関係でお母さんのみの来られてました。2日間共、満席立ち見の盛況な中での舞台挨拶です。宍戸監督は、この映画を撮るまでは国が「尊厳死」を法制化する事は良い事なのではないかと思っていたが本作を撮る過程で人工呼吸器がないと生活が出来ない方や障がいを持った方もこの世に生を受けた限り、人生を楽しんでおられる方もいるという事を知り、国がそうした尊厳死を法制化する事には疑問を持つようになったとの事です。海老原宏美さんも本作を撮る動機は、自分のような障がいを持った人も世の中の色々な人々の手助けを得る中での出会いを含めて人生は楽しく生きていける。健常者と障がい者を分け隔てする社会ではなく、それぞれが人としてごく普通に付き合って行ける社会になって欲しいと思っている。その為にも障がい者は生きづらいという観点からの尊厳死の法制化に反対の立場を取っているのだと訴えられました。新居優太郎さんのご両親も優太郎さんが映画のその後として、定時制の高校に進学して学校側や生徒の皆さんが優太郎さんをごく普通に自分たちの仲間として色々と協力し合ってご両親の付き添いがなくても楽しい高校生活を送られているとの事です。学校では科学部に入って夜20:30までの授業、その後のクラブ活動で夜23:00頃までですが休みも1日ほどで楽しく学校生活を送っているとのことです。


2/13(月)、2/14(火)、2/15(水)13:40回上映後には、新居優太郎さんとお母さんの真理さん、折田涼さん(人工呼吸器ユーザー)にお越しいただきました。箕面市で20人の介護ヘルパーさんの手助けで6年前から一人暮らしを始めて、現在、快適な一人暮らしを満喫しており、新居優太郎さんには一人暮らしと折田さんも過去にした家出を薦めておられました。
2/16(木)13:40回上映後には、新居優太郎さんとお母さんの真理さん、岸本彩さん(人工呼吸器ユーザー)にお越しいただきました。岸本彩さんは人口呼吸器ユーザーの新居優太郎さんの大先輩で10年ぶりの再会に非常に喜ばれておりました。岸本彩さんは、いくつかのNPO活動を通じて、同じ境遇の方が集まれる開放空間を運営されているとの事です。
2/17(金)13:40回上映後には、新居優太郎さんとお母さんの真理さん、兵庫県で一人暮らしをされている平本歩さん(人工呼吸器ユーザー)に舞台挨拶にお越ししただきました。


2/19(日)上映後、海老原宏美さん、新居優太郎さんとお父さんの大作さんとお母さんの真理さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
2/20(月)、2/22(水)上映後、新居優太郎さんとお母さんの真理さんと岸本彩さん(人工呼吸器ユーザー)に舞台挨拶にお越しいただきました。
2/24(金)上映後、新居優太郎さんとお母さんの真理さんと平本歩さん(人工呼吸器ユーザー)に舞台挨拶にお越しいただきました。

2017.2.4 & 2.12

『レミニセンティア』舞台挨拶

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2/4(土)10:00回上映後に、井上雅貴監督、井上美麗奈さん、20:45回上映後に井上雅貴監督に舞台挨拶にお越しいただきました。アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画『太陽』のサンクトペテルブルクでの撮影で日本人側スタッフとして参加した際にタルコフスキー映画のスタッフと知り合いになり、映画を撮る時は彼らとやりたいと考えていたとの事。全編ロシア語でロシアの役者が出ているが、監督の自主映画で日本映画になるとの事です。ロシアで撮影した時に感じた事は日本と違って映画に対する街の人々の理解は深く、快く撮影を受け入れてくれたとの事です。“主人公の娘役”に監督の実の娘さんを起用したのは長期に渡って拘束するのにギャラの関係もあり、自分の娘だと癖など演出しやすいという事もあったとの事です。出来れば次回作はヨーロッパ伝統のバレエの世界に黒人また東洋人などの異文化の人間が取り組んで行くような作品を構想しているとの事でした。



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2/12(日)15:35回上映前に、井上イリーナさん(プロデューサー)とショールコワ・マリーナさん(在大阪ロシア連邦総領事館アタッシェ)をお招きして舞台挨拶を行いました。当初予定しておりました井上雅貴監督とリャボフ・オレグさん(在大阪ロシア連邦総領事)は、諸般の事情によりご来館出来なくなりました事は非常に残念でした。本作のプロデューサーで井上監督の妻である井上イリーナさんから紹介を受けたショールコワ・マリーナさんは、本作の公開に全面的にご協力いただいている在大阪ロシア連邦総領事館副領事の方で日露の架け橋となるような作品を切っ掛けに更に日露の友好が深まる事を望まれるというご挨拶をしていただきました。

2017.1.28 & 2.4

『貌斬り KAOKIRI〜戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より〜』舞台挨拶

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2/4(土)18:00回上映後に、細野辰興監督に舞台挨拶にお越しいただきました。本作は完全なる自主映画で撮影に入る前に舞台の公演をするための練習があり、かなり役者の方には大変だったとの事です。



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1/28(土)14:15回上映後、草野康太さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
今回の作品は、細野辰興監督が演出した実際の8回に亘る戯曲「スタニスラフスキー探偵団」の公演を実際に撮影し、楽屋裏のシーンを演出したメタ映画で、草野康太さんはほぼ出ずっぱりの初めての舞台という事でかなり緊張したとの事。細野監督の演出は、今まで初めてのやり方でそれぞれの声のトーンを変えて演じて欲しいという事。セリフ廻しではなく声のトーンというのがユニークでお客様からは田村正和さんの芝居を意識されてましたかと質問が出て、全くそんな事はないとの事でした。

2017.1.21 & 1.29

『ねぼけ』舞台挨拶


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1/29(日)10:00回上映後、村上真希さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
映画の中の女性のように、ダメな落語家を陰で支える女性像は自分自身には全くないキャラクターなだけに、役作りには苦労したとの事。壱岐監督の現場での演出は、友部さんには映画の立ち上げから二人で関わっているのでかなり厳しい感じであったけれど、彼女に対しては村上真希さんは村上真希さんの思うように演じてくれれば良いという事で全面的な信頼を寄せていただけたとの事です。女優活動の一環として「日本伝統産業女優」として伝統産業の普及活動にも努めているお話をしていただきました。



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1/21(土)12:00回上映後、壱岐紀仁監督、友部康志さんに舞台挨拶にお越しいただきました。
本作を自主製作で撮ろうと監督が考えたのは30代の頃、いろんな意味で行き詰っていた時、落語を見るために演芸場に通っていた。そこで故・立川談志師匠の落語とはのある言葉に感化されてもう1度自分を取り戻して頑張れる切っ掛けとなった事が大きいとの事でした。友部康志さんは本物の落語家でないけれど師匠役の本物の落語家との対比で見事に見習いの落語家としてうまく演じられたとの事。監督の演出は画面には映っていない所まで演技をさせてカットするという余白を大切にする演出だったとの事です。

2017.1.8

MOOSIC LAB 2016『光と禿』舞台挨拶

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1/8(日)20:40『光と禿』上映後に主演・音楽のスギムさん(クリトリック・リス)に舞台挨拶にお越しいただきました。当日、19:00まで心斎橋サンホールでライブを行われていてそのお客様もそのまま詰めかけ。熱い空気の中で行われました。今回、主演男優賞を受賞した件をお聞きした所、自分一人が順撮りで撮影して行く中でプロの俳優さんの中で浮いた感じになっていたけれど最後のシーンではとてもリラックスした感じで自然に演技が出来たとの事です。冗談で目指すは「ピエール瀧さん」と宣言されていました。カラオケで2曲歌っていただきファンサービス満点の舞台挨拶でした。


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