第151回 "地球は女で廻ってる?"


 平成生まれの多部未華子が、平成最後の年に、しっかり者の娘をもつ母親役を演じているのも、様々な感慨が湧いてくる『トラさん 僕が猫になったワケ』。唯一の代表作の最終話を先延ばしにしたまま、5年間も鳴かず飛ばず状態の漫画家が、細腕ひとつで家計を支える妻の稼いだ金をつぎ込んだ競輪で大儲けした帰り道、交通事故で命を落とす。憎まれ口もたたくが父の一番のファンの娘や、菩薩のような良妻の優しさに甘え、家族を愛しつつも気ままに振舞ってきたダメ亭主は、実り乏しく終わった儚い人生を挽回するべく、成仏までの1カ月間、猫の姿で現世に留まることになる。実物の猫にひとの声をアテレコする形式をとらず、主演の北山宏光自ら着ぐるみ姿で"トラさん"を熱演することで、人間味あふれるコミカルさを醸し出すとともに、妻子のそばにいるのに正体を名乗れない半人半猫のもどかしさや切なさも、そこはかとなく伝わってくる。漫画の腕前まで披露する筧昌也監督のもと、ものづくりに情熱を注ぐスタッフやキャストが一丸となり、肉体は滅びても別のかたちで伝えたい想いを遺すことはできると謳い上げる、ハートウォーミングな良作だ。

 時代を超えて愛され続ける、ミュージカル映画の金字塔『メリー・ポピンズ』(64)から20年後を舞台に、オリジナルへの愛情と敬意を全篇に込め、新たに息づかせてみせた逸品『メリー・ポピンズ リターンズ』。大恐慌にあえぐロンドンの片隅で、住み慣れた屋敷からの立ち退きを迫られるある家族の前に、不思議な傘を片手に、メリー・ポピンズ(エミリー・ブラント、多くのプレッシャーを吹っ飛ばす好演)がエレガントに舞い降りる。自分にも他人にも厳しい彼女は、ドラえもんのごとく便利な小道具を大盤振る舞いする代わりに、想像という"魔法"こそが、新たな可能性を拓き何かを生み出すことにも通じると、柔軟な感性の子どもや、すぐに諦めてしまう大人たちをも鼓舞する。歌もダンスも得意なオールマイティの救世主の前に立ちはだかる、金しか信じない冷徹なヒール役に、知性派コリン・ファースを配することで、単なる夢物語のファンタジーでは終わらないリアルさも加味される。風とともに現れ、風とともに去り、逆境すらも好機や希望へと変えてしまうメリー・ポピンズ精神は、何かと世知辛い現代社会をたくましく生き抜くための拠りどころやヒントを、観る者にもたらしてくれる。

 稲垣吾郎、長谷川博己、渋川清彦という多彩かつ豪華な3ショットが、キネ旬の表紙を飾る日がくるなんて……と、心躍る異色の共演も見ものの『半世界』。父への反発心から、逆に家業を継いだ炭焼き職人と、何か重いものを背負って突然帰郷した元自衛官、そして、意外にクセの強いふたりの緩衝材役をさりげなく担う、心優しき自営業者の同級生トリオが、"不惑"を目前に控えながら、年甲斐もなく大いにジタバタする。三者三様の充実のキャリアを育んできた個性バラバラな男優陣を、中学時代から三人をよく知る職人の妻役の池脇千鶴が、地に脚ついた演技で好アシストし、浮世離れした雰囲気すら漂う彼らから、片田舎のおっさん感を絶妙に引き出している。ひとはひとつの人生しか選べないが、各々の目の前に広がる"半世界"にも、新鮮な驚きや発見が常にある。近年は、1作ごとに新たなジャンルを模索してきた風の阪本順治監督が、自身のオリジナル脚本で原点回帰し、限りある生を精いっぱい享受することのかけがえのない意義を、ささやかな日常描写を丹念に重ねて描出した、味わい深い人間ドラマだ。

 ヴェネツィア国際映画祭で2冠に輝くなど、賞レースを席巻し続ける『女王陛下のお気に入り』。先日発表されたアカデミー賞のノミネーションでは、アン女王役のオリヴィア・コールマンが主演に、その幼なじみで実質的な権力を握るレディ・サラ役のレイチェル・ワイズと、サラの脅威となる野心家アビゲイル役のエマ・ストーンが助演の枠で選出されたが、トリプル主演ともいえる三女優が火花を散らし、女だけの異様な三角関係の、何とも醜悪で滑稽な在りようを生々しく体現する。痛風に苦しみ、だだっ広い邸内を自力で移動するのもままならず、17匹のウサギを我が子同然に愛でる女王。彼女への友情と愛情を変幻自在に操り、国をも思い通りに動かそうとするサラ。落ちぶれた現状から上流階級への返り咲きを狙い、二枚舌、三枚舌を瞬時に使い分けて這い上がるアビゲイル。攻守や形勢が目まぐるしく変転するスリリングなパワーゲームが、覗き見感覚をくすぐる奇抜なアングルの映像を通し、観客にも臨場感たっぷりに体感される。『籠の中の乙女』(09)、『ロブスター』(15)など独特のフィルモグラフィーにおいて、勝者なき不毛なデスマッチの顛末を、透徹した演出眼で見届けてきた鬼才ヨルゴス・ランティモス監督が、スキャンダラスな史実に縛られすぎることなく、さらなる飛躍を遂げた注目作だ。

(映画ライター 服部香穂里)



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